2014年04月13日

20160226メディアパワー

ある会社に提案する採用動画のデモ版が、完成した。

企画書の制作も面白いが、動画の制作も相当面白い。

改めて凄い時代が来たと痛感する。自分が大学生の頃、メディアを作る仕事は大手企業でしかできないと思われていた。

フジテレビ、TBS、日本テレビなどの大手キー局、朝日新聞社、読売新聞社、日本経済新聞社などの大手新聞社、小学館、集英社、講談社などの大手出版社、電通、博報堂などの大手代理店。

これは大手マスコミの下に大小の制作プロダクション、芸能プロが食物連鎖のように連なっている。それは記者クラブという参入障壁を持った大手新聞社を頂点にした日本の情報コントロールの構造でもあり、利権でもあり、権力でもある。体制維持派と言っても良い。そういう意味では、Google日本法人初代代表が、かつて京大の学生運動の闘士だったというエピソードは興味深い(笑)。

そこにインターネットが出現し、個人が自分の意見や感想を簡単に発信できるブログやmixiなどの仮想コミュニティが出現し、新聞やテレビに支配されていた世論形成に風穴を明け始めた。

そしてFacebookが登場し、実名による情報発信文化が民間から始まった。ちなみに、世界のジャーナリズムでは実名報道(署名記事)は常識であり、日本の大手新聞社のように誰の意見か分からない意見が何千万部にも掲載されるのは異常である。

日本社会は、法人主義社会と言われる。自分を紹介する時も、「○○会社の○○です」と言う。こんな習慣は、日本だけだ。これについては、オランダ人ジャーナリストカレル・ヴァン・ウォルフレンの名著『日本権力構造の謎』に詳しく描かれているが、15年前にこれを読んだ時は頭をガツーンと殴られたような衝撃を受けた。相続税と累進課税で、一代で富を築いても3代でゼロになるように設計されている。

しかし、ここでもインターネットが風穴を開ける。経済的自立は、精神的自立につながる。企業に勤めなければ安定した収入が得られなかった時代は、思うような発言ができなかった。今やディトレードやアフィリエイトで、会社のお給料より稼いでいる人間がゴロゴロいる。それらを仕組み化して、自動的にお金が入るようにしている頭の良い人もたくさんいる。

この10年は、メディアの個人化が急速に進んだ。だが、情報網と人脈を掌握している大手メディアで働く幹部クラスは、まだ年収何千万がまだ保障されている。しかし新聞の部数減少、テレビ離れといった市場環境の変化が、広告収入の減少につながり、それは優秀な人材獲得の困難を意味する。いつの時代も、センスの良い人材は嗅覚が鋭い。

おそらく現在大手メディアにいる30代の人材が、慶応SFCあたりの人間が立ち上げたFacebookやツイッターに続く革命的メディアと組むような流れが起こり始めたら、大手メディアの崩壊は加速するだろう。もしくは、現経営陣の英知溢れる人が制度疲労を正しく認識し、軌道修正を行いながら、新たなグランドデザインを描けるか。フジテレビのM&A戦略は、もはや社内の人材では無理で、まだ原資があるうちに新しいモデルに移行しないとという危機意識の現れであろう。

そうなると大手メディアは、自分の老後の心配にしか関心のない退役軍人しかいなくなる。最後は、どこで勤めていたかではなく、“どういうメンタリティを持っているか”が左右する気がする。

組織のブランドで勝負するのではなく、“自分で考え、自分で動き、自分で結果を出す”ということだ。