2014年03月30日

20160226オバマ弁明

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今回の個人情報収集問題で、一番印象的なのはオバマ大統領の対応とそのイメージダウンだ。

名門の出でもないケニア出身の父と白人の母とのハーフの男が、アメリカの大統領まで上り詰めたことは驚くべき偉業だ。「Change」をコンセプトに、民衆の期待を背負ってホワイトハウスに入ったが、時間を経るに従って、従来の既得権益勢力に取り込まれていった感がある。

ビンラディン殺害の秘密オペレーションを成功させたことが追い風になり再選はできたが、その後はパッとしない印象がある。そこに、今回の事件勃発。あのクレバーでオープンなオバマは、どこにいってしまったのか?あるいは、そんなオバマは最初から存在しなかったのか?

「メタ釈明」に徹するオバマ

検証 政府の監視プログラムに当惑する市民に対し、言葉のトリックで説明責任を逃れる姿勢は問題だ

米国家安全保障局(NSA)が、市民の通話記録を収集していたことにショックを受けた?

オバマ政権に言わせると、集めたのはただの「メタデータ」だ。「収集された情報には通信内容は含まれていない」と、ホワイトハウスのジョシュ・アーネスト副報道官は保証した。分析官が調べられるのは「電話番号と通話時間だけ」だとオバマ大統領も断言し、「中身はチェックしていない」と、ジェームズ・クラッパー国家情報長官が請け合った。

ここで言う「メタ」とは、情報についての情報のこと。メタデータは「他のデータに関する情報を提供するデータ」だ。オバマ政権の言うメタデータとは、そこには中身がないということ。通話があったことは分かっても、通話内容は分からない。あくまで表面的で空疎なデータだということだ。

残念ながら、この表現はそっくりそのままオバマ政権の釈明にも当てはまる。監視プログラムの存在を知って動揺したアメリカ人は、それがどんなプログラムで、何がのぞかれるかを知りたがっている。

オバマ政権は人々の疑問に答えるふりをしているが、その説明はただの「メタ説明」にすぎない。何を探り、何を探らないかの線引きは明らかにせず、ただその境界線がどう引かれるかを曖昧な言い方で述べるのみだ。

プログラムは「強固な法体系」、そして「厳格な管理」と「厳格な規制」、「何よりもアメリカ人のプライバシーと人権を守るための慎重な手続きとプロセス」の下で行われていると、オバマ政権は主張する。悪用を防ぐための「あらゆる種類の予防規定」があるというのだ。だが法律にはこうした予防規定や手続きは明記されていないし、会見でも明らかにされなかった。

オバマ政権が言う慎重な手続きとは、データ使用の手続きではなく、データ使用の手続きを認可する手続き、つまり「メタ続き」だ。クラッパーによれば、情報当局と司法省は情報収集について「膨大な報告書を年2回」議会に提出しているというが、いくら膨大でも中身がなければ紙くず同然だ。

◆議会が承認した捜査?

「監査プロセス」が存在すると、オバマは言う。それは結構だ。だが、何を監査するのか。「予防規定が遵守されているか」を調べる?ならば予防規定とは何か。答えは返ってこない。

NSAの手続きを厳格に規制するためのもう1つのメタ手続きは、「議会による厳しいチェック」だという。オバマは監視プログラムについて「議会のすべてのメンバーがブリーフィングを受けていた」と言った。「多くの議員は寝耳に水だったようだが」と記者たちが詰め寄ると、ホワイトハウスのジェイ・カーニー報道官は慌てて言い換えた。「議会のメンバーはブリーフィングを受けるか、受ける機会を与えられていた」と。

監視プログラムは「広範な公開討論」の上、議会でも議論した後に採決されたものだと、オバマ政権は主張する。だが、徹底的に議論されたのは9・11テロ後に作られた愛国法についてであって、愛国法がどう適用されるかではない。これでは「メタ透明性」しか担保されない。

オバマ政権が、監視システムを好き勝手に乱用できるとまでは言わない。ルールがあることは認める。12日に上院の公聴会で、キース・アレグザンダーNSA長官は、「データベースにある記録の圧倒的多数は一度も調べられず、5年ごとに消去される」と証言した。この線引きは不十分だが(記録の保存期問は延長でき、一部の記録は無期限で保存できる)、少なくとも明快だ。こうした明快な説明がもっとなされれば納得が行く。

言葉のトリックはもう要らない。収集する情報の意味を巧妙にすり替えるような国家情報長官は要らないし、中身のある答えの代わりに手続きを語る大統領も要らない。NSAは法律を自分たちに都合よく解釈しているのではないかと糾弾されて、ホワイトハウスは声明でこう答えた。

「極めて厳格な監視体制があるというのが、大統領の見解だ」

これは答えではない。メタ答弁だ。