2014年02月28日

20160302オーディション

20140228代

2005年10月30日、汐留のスタジオで行われた最終オーディションに45人が挑戦した。

この時のオーディションは、非公開で行われた。

秋元氏は、AKB48はすぐに始動するつもりはなく、ゆっくり育てていきたかったらしい。そのため、年齢の下限はゆるくしてあった。

最初は、ダンス審査。審査員の前に何人かずつ並び、夏まゆみという振付の先生がメインでチェックした。

夏まゆみは、18歳でイギリスに渡り、東京やニューヨークでダンスを学びながら、役者・ダンサーとして活躍した。1992年からナインティナインや雨上がり決死隊のダンス指導や振り付けを、8年間担当していた。AKB48の創設から関わり、演出まで任されている。現在は、ドリームモーニング娘の演出や振り付けも担当している。

次に、歌唱審査を行った。これは、カラオケをどんどん歌わしていった。この時のチェックポイントについて、前出の『AKB48の戦略!秋元康の仕事術』でこう語っている。

「歌唱力だけを見るわけじゃないんですよ。やっぱりプラスアルファが大事で、つまり“デコボコさ”を求める。これは、たぶん僕がおニャン子クラブで培ったことだと思うんですけど、いろんな子がいて、ふぞろいの方がいい。

対極にあるのがK‐POPで、身長もスタイルも雰囲気も、できるだけそろえるんです。

でも僕は、おニャン子クラブのときから、ファンが「僕はこの子が好きなんだ」とか「僕は右から2番目の子がいい」というように選べる楽しさが、何より大事だと思っていました。

だって、その方が、自分好みの子がいる確率が高いでしょう。ちょっとふくよかな子がいたり、背が高い子がいたり、気が強そうな子がいたりしたほうが、大勢が楽しめていいじゃないですか。だから、全然そろえないですね。

もう一つ、僕は心がけていたのは、僕一人で全部を決めないこと。もちろん最終的には僕が決めますが、スタッフが“この子がいい”と言えば“ちょっと僕にはわかんないな”と思っても入れる。そのほうが、いろいろなファン層を取り込めますからね」

この秋元氏のコメントには、AKB48選考のエッセンスが詰まっている。アイドルグループの選考コンセプトに多様性を導入したのは、斬新だったと言えるだろう。