2014年02月27日

20160302メンバー募集

ドン・キホーテの安田社長の協力を得て、秋葉原の地でAKB48をプロデュースすることが決まった。

では、当初のメンバーはどのようにして集めたのだろうか。

それについては、秋元氏はこう語っている。

「インターネット上に、“AKBが始まります”というサイトを作りました。で、あれこれリンクを張り、たとえば秋葉原の萌えカフェに興味のある子たちが見ることができるようにした。それから、『月刊Audition』『De☆View』など、芸能界を目指す子たちが読むオーディション誌に広告を出しました。応募してきたのは、数千人かな」

『月刊Audition』とは、毎月1日発売の白夜書房から発行されているオーディション&芸能エンタテインメント情報誌である。

この雑誌では、俳優や歌手、タレントやモデル、劇団員、レースクイーンなどの募集情報が掲載されている。またプロダクション100社前後が一斉に所属者オーディションを行う『春の特別オーディション』と『秋の特別オーディション』を実施している。

それまでの秋元氏の成功実績を考えると、また新たな活動をスタートしたというニュースは、当時相当話題になったことは想像に難くない。この時の総応募者数は、実に7924人に達した。

まず最初にスタッフが書類審査し、不備のあるものを落としていった。年齢だけでなく、何が得意かということも注目したという。この時、プロダクションに入っていないことも重要な条件だった。

こうして秋元氏のところにきた書類は、100人分前後だった。そして2005年10月30日、その中から選ばれた45人が、汐留の倉庫街にあったスタジオで最終オーディションに臨んだ。