2014年02月26日

20160302ドンキ安田会長

ドン・キホーテの安田社長を訪れた秋元氏は、AKBの構想を話した。この時の会話が、『AKB48の戦略!秋元康の仕事術』に詳しく描かれている。

「ドン・キホーテのスペースを、何に使うんですか?」

「女の子たちの劇場を作るんです」

「入場料は、いくらですか?」

「椅子席が1000円で、立ち見が500円です」

「その値付けでは、採算が合わないじゃないですか?」

「いや、違うんです。とにかく観て、興味を持ってもらうことが大前提なんです。そのためのプラットフォームを、僕らは作りたい。CDやDVDやコンサートは、もっとあとの話です。劇場だけで採算を取ろうと思えば、極論すれば5000円の入場料でも合わないと思うんです」

「それは面白い。それなら、わかります」

当時、秋元氏はいろんな人にこの話をしていたらしい。しかし、ほとんどの人は理解できなかった。こうして、秋葉原48劇場はドン・キホーテ秋葉原店8階になることが決まった。

ちなみにAKBはローマ字で書いた秋葉原の略、48については全く意味はなかったらしい。アルファベットに合う商品開発番号のような無機質な名前にしたいというのが、当時の秋元氏の考えだった。

まずは興味を持ってもらい、情報発信の拠点を作る。そして、その後CDやDVDといった二次商品を展開していく。ライブの拠点を、渋谷や原宿ではなく、なぜ秋葉原にしたか。

「秋葉原という土地の、“地場の力”を強く信じていました」

オタクの聖地に、メイドカフェのようなコスチュームを着せ、歌を歌わせ、しかもCDの購入によって自分のお気に入りへの投票権が得られる。アップルの商品はニューヨーカーから広がっていったが、オタクから広がっていったという点が、AKBの面白いところだ。

そこは、秋葉原の地場の力だけでなく、女性にモテないオタクの渇望感と彼らが持つ豊富なお小遣いに目をつけたというのが、真相のような気がする。秋元氏は、こう語っている。

「野球のホームグラウンドのように、それぞれのチームが地元ファンに熱狂的に応援してもらうように広がっていきたい」

いずれにしても、巨大で新しい市場を創造した事実は、揺るがない。