2014年01月31日

20160302プロとは何か

川の流れのように』の大ヒット。そもそもなぜ、美空ひばりのアルバムを秋元康氏が担当することになったのか。そこには、美空ひばりのプロデューサー境弘邦氏の英断があった。

「今でも印象に残っているんですが、40年以上歌ってきて、自分のお客さんの中で一番遠い所にいるお客さん、歌手美空ひばりとしての空洞の部分っていうのが、30代のお客さんだという話が出たんですよ。“自分のレコードの売上げを見ても、ファンクラブの人を見ても、どこを見渡しても、30代の人っていうのが一番遠いところにいるお客さんだ”って、ひばりさんが言ってましてね。“30代のお客さんに向かって、アルバムを作ってみない?”という、ひばりさんからの提案だったんです」

当時も若者向けのタレント発掘及び番組企画に才能を見せていた秋元康氏を指名したのは、美空ひばりが自身のファン層を拡大するためのマーケティング施策だったわけだ。一見不思議なコラボに見えるこの組み合わせも、上記のプロデューサーのコメント通り、合理性がある。

その日本を代表する歌手美空ひばりとの仕事を通じ、秋元康氏の中では何かが覚醒した。

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「あれだけの歌の上手い方が、2週間自宅で練習してくるんですよ。それは、完璧です。プロっていうのは、凄いなと思いました。レコーディングスタジオにも緊張感が漂っていて、ピーンと張り詰めているんですよ。たぶん、そんなことはないんでしょうけど、センターピンがちょっとずれただけでもスタッフが外される、5分遅刻したら外されるみたいな話をコロムビアの方から聞かされていましたから」

確かに美空ひばりほどの大物歌手と仕事をするとなると、緊張するなという方が無理だろう。

「僕らは5分遅れようが、ちょっとしたミスでも許すのは、自分もミスするかも知れない甘えじゃないですか。ひばりさんはそういった厳しさをスタッフに課すことによって、実は自分が一番苦しい、自分がやらなきゃいけない立場に追い込んでいたんですよね。ひばりさんは、東京ドームで40曲近くお歌いになって、一箇所も間違えていないんです。そのプロ意識って、凄いと思います。僕はひばりさんとお仕事をさせて頂いたことで、“プロとは何か”ということを教えられたと思います」

日本の最高レベルの大物歌手から薫陶を受けたことは、その後の秋元康氏の考え方や行動に、大きな影響を及ぼしたに違いない。

その決意にも似た心情を、こう語っている。

「僕が名乗る肩書は、唯一“作詞家”です。なぜかといえば、この国の宝であるひばりさんに認めて頂けた仕事だからです。ひばりさんに“いい詞ね”と褒めて頂いて、僕は初めてアルバイトからプロになれたんですよ。他のどんな仕事でも、自分はプロになりきれていないと感じていますが、作詞家だけはひばりさんのおかげで生業としている実感があります」