2014年01月30日

20160302川の流れのように

20140130代2

美空ひばりにとって、『川の流れのように』はその長い歌手人生において、最後のシングルとなった。

1988年10月28日、美空ひばりは神津はづきからのお友達紹介で、フジテレビの長寿番組『笑っていいとも!』のテレフォンショッキングコーナーに出演した。

同時期に秋元康氏の企画による『不死鳥パートⅡ』というタイトルの、生前最後となるオリジナルアルバムのレコーディングが行われていた。作詞は秋元康、作曲は見岳章。このアルバムは、「自分の歌から遠い若い世代の人達にメッセージを残したい」という美空ひばりの意向により製作されたという。

このアルバムの中に入ってた『川の流れのように』を美空ひばりは気に入り、シングル化を強く迫り、その通りになった。これは、美空ひばりが生涯で最後にレコーディングした曲である。

『川の流れのように』の川とは、作詞を担当した秋元康氏がニューヨーク時代住んでいた家の下を流れていた、イーストリバーのことである。歌詞は、ニューヨークにある「カフェ・ランターナ」で作詞された。

その経緯を、以下のように語っている。

「突然電話が来るんです。美空ひばりさんのアルバムを作ってて、大きなバラードみたいなものが足りないんで、書いて欲しいと。“えっ!”って、ちょっと固まったんです。実は、一週間くらいしか時間がなかったんですよ。でもとにかくやってみるしかないから、俺もプロだ!みたいな(笑)。要するに、日本の歌謡界のスーパースターなわけです。僕は完全に洋楽系の人間で、しかも余計にひねくれているわけです。テクノとか、そういう面白さでやってきたっていうか。だから、やりますと言ったことで、逃げられなくなった訳です」

イーストリバー

「あれだけ波乱万丈な半生を送っていらした美空ひばりさんのような方が、“あんた、人生なんて大したことないわよ。大丈夫よ”って言ってくれたら、勇気づけられるなと。そういう応援歌を書こうと思っていたんですが、その曲を聴いて一行目に書いたのが、“川の流れのように”だったんです。いつも、詞は全体を書いてから最後にタイトルを書くことが多いんですが、そのときは何も考えずに“川の流れのように”というタイトルから書いたんですね」

また、レコーディング時の面白いエピソードもある。

「美空ひばりさんが僕の右隣にお座りになられて、“いい詞ね”と。そして、“人生っていうのは、確かに川の流れのようなもの。流れが速かったり遅かったり曲がりくねって真っ直ぐだったり。だけど、どんな川も同じ海に注ぐに注ぐのよ”って、おっしゃったんです」

この曲は、1989年末の第31回日本レコード大賞で、金賞と作曲賞が授与された。美空ひばりには特別栄誉歌手賞が授与されると同時に、長年に渡る彼女の偉大な功績に対し、美空ひばりメモリアル選奨も新設された。

作詞家秋元康氏は、この曲で更なる評価を得た。