2014年01月22日

20160302とんねるず

秋元康氏が日本テレビの『モーニングサラダ』という番組の構成を担当していた時、先輩の放送作家から「番組に笑いの要素を入れたいから、とんねるずに会ってこい」と言われる。

御存知とんねるずは、帝京高校の同級生コンビだ。1980年に結成され、新宿御苑のパフォーマンスバー昆での下積み時代を経て、1982年『お笑いスター誕生』でグランプリを獲得。80年代初頭の漫才ブーム後の新世代の代表格として、お笑い界を牽引してきた。

とんねるずちなみに「貴明&憲武」というコンビ名だった結成当初はあまりにも鼻っ柱が強く、“自分達は最高に面白い”と思い込んでいたらしい(笑)。そこでお笑いスター誕生のプロデューサーが赤坂のナイトクラブ「コルドンブルー」に出演させ、修行させた。そこではあまりウケなかったらしく、それが効いたのか、再出演後はどんどん勝ち抜いていった。

また、この当時石橋貴明とそのまんま東は仲が良く、しょっちゅうプライベートでもつるんでいた。

ある日「宮本武蔵ごっこ」と称し、赤坂から六本木に向かう道路で演じていた。そのまんま東が武蔵役、石橋が小次郎役で、石橋が「待て~武蔵、逃げるな~武蔵!」と追いかけていたところ、警察がやってきた。武蔵役のそのまんま東はそれに気づき、すぐに物陰に隠れた。ところが小次郎役の石橋はそれに気づかずに長い棒を振り回したまま走り回り、職務質問を受けるハメになったらしい(笑)。

この当時のとんねるずはまだメジャーになる前で、『お笑いスター誕生』で勝ち抜いていた時の頃。そこで秋元康氏はとんねるずの2人を日本テレビのリハーサル室に呼び、ネタを見ることにした。

「そのネタがすごく面白かったので、彼らがその番組でコーナーを持つようになり、一緒に飲みに行ったり遊んだりしていたんです。その後フジテレビで『オールナイトフジ』が始まり、そのブレーンとして入った時に“とんねるずを使いませんか”と提案したら、ディレクターの港浩一さんが乗ってくれて、そこからとんねるずブームが起きたんです」

とんねるずがメジャーになったキッカケを、結果的に秋元康氏が作ったことになる。