2014年01月21日

20160302秋元康

作詞家としてもデビューを果たした秋元康氏。ヒット作は、意外に早くやってきた。

それは、稲垣潤一の『ドラマティック・レイン』と長渕剛の『GOOD-BYE青春』だ。

『ドラマティック・レイン』は、1982年10月21日にリリースされた稲垣潤一の通算3枚目のシングルだ。この曲は、『雨のリグレット』とともに、稲垣潤一の東芝EMI時代を代表するナンバーであり、秋元康氏にとっては作詞家デビューした後の初ヒット作となった。

この曲は作曲を担当した筒美京平の曲が先に出来上がっていて、その曲に合わせて何人かの作詞家が詞を書くコンペだったらしく、秋元康氏いわく「運良く僕のが採用された」らしい。。

また『GOOD-BYE青春』は、シンガーソングライター長渕剛の11枚目のシングル曲である。この曲は、1983年9月1日に東芝EMIのエキスプレスレーベルより発売された。この曲には、いくつかのエピソードがある。

長渕剛長渕剛のシングル曲『順子』が1980年に大ヒットした時、ラジオ番組『長渕剛のオールナイトニッポン』(1979年~1980年)の構成を担当していた秋元康と長渕剛が再会し「何か一緒にやろう!」と盛り上がり、この曲が出来上がったらしい。ちなみにこの曲は、長渕剛が主演した『家族ゲーム』というテレビドラマの主題歌に使用された。

秋元康氏いわく、「詞も書くようになるんですが、それでも本当にプロの作詞家になりたいとも、なれるとも思っていなかったですし、好奇心の先に運があっただけと思うんですよね。『ザ・ベストテン』やテレビ、ドラマの台本を書いていると、歌手の方やマネージャーと仲良くなって“コンサートの構成とか演出をやってくれないか”という話になって、それも面白そうだからやってみようかな…とか、ずっとそういう感じですね」と語っている。

また、そういった経緯を以下のようにも述べている。

「本当に運がいいと思うんですよ。僕が一番好きな座右の銘が、“人生無駄なし”なんですが、ドミノ倒しが倒れるように誰かと出会って、それがまた次のドミノを倒して…という形で、人生というのは全部連鎖していると思うんですよね」

秋元康氏のドミノ倒し型キャリアアップは、この後も破竹の進撃を続けていくことになる。そしてその象徴が、おニャン子クラブだ。