2014年11月12日

吉田調書

マスコミのカオス状態が止まらない。

名門朝日新聞が、ここまで世間の評判を落とす原因は一体何なのか。

東洋経済2014年10月11号の特集レポートを、以下ご紹介したい。

20141112代1

景気回復で広告出稿が底打ちした感のある既存メディア業界。だが、新聞は購読者数、テレビは視聴率の減少傾向が止まらない

スマートフォンやタブレット端末の普及で、30代後半ぐらいまでの層は既存メディアより新興メディア中心に視聴する人が圧倒的。テレビや新聞など既存メディアを見ているのは今や、それより年上のシニア層がほとんどだ。

野村総合研究所の三宅洋一郎・上級コンサルタントは「その構造もいずれ崩れかねない。今は、40代~50代を境に新興メディアが既存メディアを攻めている状態だ」と指摘する。

20141112代2

反面、既存メディアにとって、新興メディアは大量にテレビCMを流してくれる“お得意様”。スマートニュースやグノシーといった新興のニュースアプリにコンテンツを提供しているのも既存メディアだ。

こうしたコンテンツに強みをもちながら、新聞・テレビが「メディア新時代」で主導権を握れないのは、従来の伝送方法である販売店網や電波に固執していることが一因だ。

さらに最後の拠り所であるコンテンツも朝日新聞が「吉田調書」と「吉田証言」でダブル誤報するなど、その信頼は大きく揺らいだ。

激動のメディア業界はどこに向かうのか。その解を探る。

◆朝日騒動が示す新聞の旧態依然

残暑の9月中旬、朝日新聞大阪本社のある大阪中之島フェスティバルタワーは平穏だった。

従軍慰安婦に関する報道の一部を取り消して以降は右翼の街宣車がかまびすしいと聞いていたが、この日はそうした車両は見当たらない。近隣企業に聞くと、街宣車が来ることはあるものの仕事に支障が出るほどではないらしい。「むしろ、2ブロック隣にある関西電力本店に対する原子力発電所反対運動のほうがよっぽどうるさいよ」。

隣にはツインタワーのもう一棟、「中之島フェスティバルタワー・ウエスト」が6月25日に着工しており、すでに大型クレーンが立ち、工事車両がせわしなく出入りする(右下写真)。

◆街宣車は来なくてもテナント企業に苦情

タワーは37階建てで、最上階はレストラン、その下はオフィスになっており、日立製作所、カネカ、凸版印刷、関電工、高砂熱学工業など大手企業が入居している。また、テレビ朝日の関西支社をはじめ、系列地方局もほとんど入っている。

あるテナント企業の広報部には「朝日の大阪本社ビルに何で入っているんだ」「どうして出ていかないのか。朝日の味方なのか」「広報部門で朝日新聞を購読しているのか。どうしてやめないのか」と、苦情や嫌がらせが相次いでいるという。

1階ホールはフェスティバルホールに上がる赤いじゅうたん敷きの大階段が占領している。脇の案内に「朝日新聞」と表示されていなければ、新聞社が入っているとは思えない。

下層階の店舗に話を聞くと、「先週までは毎日のようにメガホンでがなり立てる人かおり、街宣車も頻繁に巡回していたが、先週の会見後はいったん落ち着いた」。 

◆吉田調書の誤報より吉田証言で「炎上」

東日本大震災からちょうど3年半のこの日、東京電力福島第一原発事故の政府事故調査・検証委員会が作成した聴取結果書、いわゆる「吉田調書」が公表された。

朝日はこの調書を独自人手し5月20日にスクープとして報じたが、1面「所長命令に違反 原発撤退」と2面「葬られた命令違反」をほぼ全面的に取り消し、謝罪した写真)。

そして、報道部門の量局責任者である杉浦信之取締役を編集担当から解任。担当記者やデスクなど関係者も処罰するとした。さらに木村社長が社内の抜本改革後に進退を決断する、と辞任を示唆、今後は社長報酬を全額返納すると発表した。

同時に、もう一つの「吉田問題」についても謝罪した。故・吉田清治氏の証言を基にした、日本車による従軍慰安婦の強制連行報道を誤報と認めたのだ。第三者委員会や社内での徹底検証にも乗り出すとした。

事の発端は、1992年から始まった「吉田証言」に関する記事16件について、朝日が8月5、6日の検証記事で誤報を認めたことである。それ以降、ライバル紙や雑誌メディアの朝日批判が過熱。さらにインターネット上でもバッシングが相次ぎ、10月初旬に至っても、一向に衰える気配を見せない。

この間、朝日は紙面での池上彰氏の連載コラム「池上彰の新聞ななめ読み」の慰安婦問題に関する批判コメントをめぐって池上氏と衝突し、掲載を一度は中止した。その後、ツイッターでの社内記者の猛批判を受けて後日あらためて掲載したのだが、「言論封殺」との批判にさらされた。

9月11日の会見も、直接の引き金は吉田調書公表だが「朝日の従軍慰安婦関連の報道姿勢に対する非難の高まりから、釈明の機会を探っていたのだろう」(他メディア記者)との見方がもっぱらだ。

調書を冷静に読めば朝日の見出しはあまりに恣意的だとして、組織的な報道の歪曲を疑う向きもあったが、それは明確に否定したうえで、第三者委員会に判断を委ねるとした。

今回の騒動の特徴として、読者の苦情が増えたり販売部数が明確に減少するなどの影響が出るより先にネットやソーシャルメディアで批判が拡散したことがある。自社の記者からの批判も含め、聴衆の反応が可視化されたのだ。

「甲子園大会が始まる前にケリをつけて、盛り返したかったのだろうが、そうはならなかった」

関西地区を受け持つ朝日新聞の販売店主が嘆息する。吉田証言の誤報を認めた翌日は何の反応もなかったが、週末のテレビ放送で問題が取り上げられだすと、すぐに5件くらい解約があったという。

◆販売店へのダメージは時間をかけて訪れる

朝日の販売店は都心部を除くと2000~3000部程度を配達する店が多く、地域にもよるが代金の自動引き落としは3割程度という。6~7割は毎月集金しており、定期購読していないが生粋の朝日ファンという読者を全体の2割程度いる。今回はこの2割からの離脱が増えた。

ライバル紙の試算では、「1ヵ月の減り幅は1%程度」(全国紙幹部)。販売部数725万(2014年8月、日本ABC協会考査)の朝日では7万部強が消えた計算だ。無視できない数字だが、致命的に多いとはいえない。
 
理由は日本特有の新聞販売システムにある。毎日宅配される新聞を長期契約している顧客が多く、仮に「今後は契約を更新しない」と言われても、実際の解約はずっと先の話だからだ。

むしろ今回の騒動をきっかけに、「それほど叩かれる朝日の紙面とはどんなものなのか、ためしに読んでみたい。他紙と読み比べてみたいので」と朝日を新規購読する層もあり、減少分の一部は相殺されている。逆にいえば、謝罪会見で一服したかに見えるブランド毀損の影響が本格的に発現するのはこれからである。「解約を検討する、としかられた分を含めると50~60件が見直しを示唆している。こうした読者に今後、どう考え直してもらうかが頭の痛いところだ」(販売店)。

朝日は夏の甲子園で販促を行ってきたため8~9月の契約更新が比較的多いが、他の月はまんべんなく更新があるという。放っておくと2~3割が他紙に移ってしまうので、維持するには更新時に特典をつけるなどの目配りが欠かせない。

◆読売は反朝日で拡販1000万部は?
 
すでにライバル紙の販売攻勢は始まっている。8月の検証記事の直後から読売新聞社、産経新聞社は朝日批判に的を絞ったネガティブキャンペーンのチラシを作成して各戸に配っている(右下写真)。

たとえば読売の「慰安婦報道検証読売新聞はどう伝えたか」と題した冊子は、8月5日の朝日朝刊を受けた翌日の読売記事の切り抜きを表紙に載せている。中を開くと社説や識者のコメントの切り抜き、裏表紙には読売を支持する読者の声を集めている。

産経は新聞紙面大の「PR版」で「産経史実に基づき報道」と大見出しを掲げ、「朝日よ、『歴史から目をそらすまい』」と題した主張を展開している。裏面には、吉田証言の信憑性を疑問視した過去の記事が掲載されている。

販売店だけではない。読売では東京本社から各支社・支局を通じ記者に対して、朝日のネガティブ情報を集めるように指示が出ているという。「取材先や知り合いの朝日記者が何を言っているか、情報を吸いげている。朝日新聞の購読者を横取りするための全社的作戦で、社内では『A紙対策』と呼ばれている」(読売の支局記者)。ただ、現場の若手の記者は中傷合戦にかなり冷めているようだ。

過去5年ほどは読売のほうが朝日より部数の減少率は低い(39問図)。

ただ、今年に入ってからの部数の減少ペースは読売のほうが上回る。読売新聞グループ本社広報部は「長期にわたる不況の下、各販売店が経営合理化の努力を重ねている中で今年4月に消費税率が引き上げられたこと、さらにはネットの普及に伴う活字離れといった新聞界を取口巻ぐ構造的な変化など、複合的要因によるもの」と分析している。

読売は13年まで、創刊月の11月になると1000万部を回復する。奇跡”が起きていたが、足元920万部台まで下がっており、今年11月が注目される。

◆財務盤石な朝日は意外に働きやすい?

朝日新聞社の財務は盤石だ。連結総資産5759億円にして有利子負債は15億円しかない(14年3月期末)。現預金が625億円で実質無借金だ。フェスティバルタワー・ウエストヘの投資予定額509億円(うち27億円は支払い済み)は自己資金と借入金で賄う計画だが、借金の必要もなさそうだ。

朝日新聞労働組合は、「解体的な出直しを求めるとともに、再生への道筋を一刻も早くつけよ」と要望る一方で、「読者や取引先の信頼を裏切る事態を繰り返さないため、全社員が一丸となることもアピールしている」(朝日労組)。外部取材を受けないようにするなどの籍口令は敷かれていないという。

吉田調書の記事が誤報と認定された特別報道部を解体せよ、との議論も社内外で出ている。「社長を輩出している政治部・経済部と、スクープは出すが出世はできないと揶揄される社会部の長年のいがみ合い、責任の押し付け合いが背景にある」(関係者)との見方もある。

最近、新聞協会賞を連続受賞している特別報道部は06年発足の特別報道チームが09年に特別報道センターとなり、11年に部となったもので、記者30人程度の一匹狼の寄り合い所帯。各人が単独行動で、毎日出社する必要もない。―面を飾れるスクープを取ることが唯一のノルマだ。

部員は読売や産経など同業の中途入社が意外に多い。待遇・手当はほかの部署よりいいほうだという。渦中の朝日の記者だからといって取材を断られるようなこともないようだ。ただ騒動の発端となったこともあり、社内で特別報道部へ注がれる視線は厳しさを増している。

◆新聞業界全体の危機誤報後の対応がカギ
 
朝日は9月12日には、12年の任天堂社長インタビューが同社サイトの動画の要約だったことを謝罪している。襟を正したせいなのかどうか、その後も細かい修正・訂正が多くなっている。今後も誤報が相次ぐと、スキャンダルで全国紙1位の座から転がり落ちた毎日新聞と同じ轍を踏まない保証はない(注一外務省機密漏えい事件で有罪となった毎日の記者が事務官と不倫関係にあったため、世論から倫理面で非難を浴びた「西山事件」)。

もっとも、誤報の構造は朝日に限ったことではない。
 
どの報道機関がどのように誤った情報を発信してしまったのか。12年4月にスタートした、誤報を検証するサイト「GoHoo(ごふー)」では、新聞を中心に誤報と思われる報道と、その後の検証や報道機関の対応が詳細に紹介されている。

サイトを運営する日本報道検証機構の楊井人文・代表理事は、「思い込みなどから、一定の割合で誤報が出ることは避けがたい」と見る。「問題は、明らかな誤報でもなかなか認めようとしない報道機関の体質にある」(楊井氏)。

楊井氏は弁護士だが、元は産経新聞の記者。「日本のマスコミには『誤報は認めたくない、認めたら終わり』と?という意識が蔓延している」(楊井氏)。新聞各紙では、誤報のお詫びや訂正の記事は元の記事とは比較にならないほど小さいのが通例だ。

日本報道検証機構を立ち上げたのは、東日本大震災がきっかけだった。「たとえば放射能の危険性について、ある報道機関は過大に伝え、別の報道機関は過小に伝える状況で、どの情報が正しいのかわからなかった。報道内容を検証する必要があると感じた」と振り返る。

朝日の会見については「検証の仕方が甘く、追い込まれて仕方なく謝った感じ。非常に印象が悪く、報道機関として大きなダメージを負った」と批判する。

しかし、誤報の危機管理ができていないのは、朝日新聞に限ったことではない(右表)。楊井氏は、国内の報道機関が学ぶべき例として米ニューヨークータイムズのサイトの「Correction訂正)」のコーナーを挙げる。誤った記事と、それを訂正した内容が毎日列挙されている。「記事は確かな取材に基づくもので……」と定型句を並べるのとはまったく異なるスタンスだ。

朝日の騒動もあり、新聞業界には今、世間の耳目がこれまでになく集まっている。

しかし大手各紙が紙の新聞の販売合戦にこだわった。コップの中の戦争心を演じている問に、ネットでの議論は先へ先へと進み、旧態依然とした。新聞屋体質‘を暴き出していく。若者が好むスマートフォンの画面では、スマートニュースやグノシーなど独立系の新興ニュースアプリが幅を利かせている。

はたして本当の敵は誰なのか。

本誌が入手した日本ABC協会新聞の都道府県別販売“全国紙”と呼ばれる朝日新聞や読売新聞でも、強いのは首都圏など一部地域のみで、47都道府県の約8割に上る37都道府県では地方紙かブロック誌が首位となっていることがわかる。

普及率で全国トップに立つのが徳島新聞。2位が福井新聞でともに70%を超えており、占状態にある。

これらに加え、40%を越えるのは全国で合計27県に上り、いずれも地方紙かブロック紙だ。一方、全国紙では読売新聞の茨城県での35.72%が精いっぱいだ。

また、青森、福島、石川、岐阜、静岡、佐賀、長崎、沖縄の8県では上位二つを地方紙かブロック紙で分け合っており、全国紙の存在感はさらに薄い。全国販売部数では断トツの読売だが、中日王国である東海地方では、上位3位内にも食い込めていないなど、空白地も意外にある。

地方紙やプロック紙は全国紙があまり取り上げない地域に密着した情報で読者を獲得、お悔やみ欄なども充実させていることが強みだ。購読料金も全国紙より割安な場合が多い。今後は都市部中心の全国紙と、地方紙のすみ分けが一段と鮮明になるだろう。