2013年10月05日

20160223プログラマー集結

今から10年以上前、10年近く働いたリクルートを辞めて、同期が立ち上げたベンチャー企業で働くことになった。

その時に自分の心の中には、あるテーマがあった。

「会社のバッジを外して、どこまで自分は通用するのか?」

リクルートという会社は、途中で退職する人間が多い。理由は、いくつかあると思われる。

1、もともと、そういうつもりで入ってきている人間が多い。

2、新規事業が自分のアイディアで立ち上がるケースも多いため、自分でやれると思う。

3、クライアントもリクルートのノウハウが欲しいため、取引先から誘われることが多い。

自分の場合は、一通り媒体のつくり方を経験したところにやってきたインターネットの波だった。当時はインターネットの意味さえよくわからず、海外の優れた(?)ヌード画像を自慢し合うような子供じみた程度だった。

ただ何となく、瞬間に世界と通じ、土地も輪転機もなくしてメディアが作れる時代が到来した尊さを感じた。そういったこともあり、次の舞台はインターネットに関連する企業にしたいと考えていた。

20131005代表

リクルート退社後入社したそのベンチャー企業のコンセプトは、“若者の元気を通して、日本を元気にする”。

インターンシップを世の中に広め、学生も企業も元気にするというものだ。そこにも共感した。

特に興味を引いたのは、その会社が慶應義塾大学と共同で検索エンジンを開発し、その影響で優秀な学生プログラマーや慶應SFCのWEB系が集結していたことだ。中国から東大に来ていた留学生なども結構おり、社内は非常に活気に満ちていた。その数年前には、ソフトバンクの孫社長が買収交渉のためにアプローチしていた。

体育会出身者が幅を利かせていたリクルートとは、全くの別世界だった。

優秀な技術系学生と言えば聞こえは良いが、要はオタクだ。色白で、口下手で、運動神経も総じて良くない。

ただ好きな分野に関する知識と、集中力が凄い。基本頭が良いので、今まで人ができなかったこと、新しいことに挑戦する進取の気性に満ちている。

自社開発に従事するもの、日本IBMやマイクロソフト、ソニーなどに学生派遣として活躍する者、働くスタイルは様々だが、才能豊かな初めてみる人種に可能性を感じた。